当事者でも、家族でもないからこそ、
できることがある。 NPO法人ASridがつないできた、当事者と家族の声

「RARE VOiCE RELAY」は、希少・難治性疾患と向き合う人々の声を社会につなぎ、よりよい支援のあり方を共に考える取り組みであるRARE LiNK PROJECTの活動の一つです。患者数が少なく、専門医や治療法が限られ、その悩みや課題が社会全体に共有されにくい希少・難治性疾患と向き合う患者や家族、医療関係者などの声を丁寧にすくい上げ、立場を越えて社会につなぐことを目指しています。毎回異なるゲストを迎えることで、より多くの人が様々な視点から希少・難治性疾患への理解を深め、身近な課題として捉えるきっかけを届けていきます。

第1回は、希少・難治性疾患分野の中間機関であり、関係者同士をつなぐ役割を担うNPO法人ASrid(アスリッド)の理事長、西村由希子さん。「Rare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日、以下RDD)」の日本事務局も務める西村さんが考える、これからの希少・難治性疾患支援の在り方について、語っていただきました。

西村 由希子にしむら ゆきこさん
特定非営利活動法人 ASrid 理事長

東京大学で研究者として活動しながら、大学発知的成果を社会につなぐ役割の重要性を感じ、NPO法人の設立や行政での政策評価に携わる。2014年にASridを立ち上げ、希少・難治性疾患分野を専門とする中間機関として、患者さんやご家族の声を医療・企業・行政へと橋渡ししてきた。Rare Disease Day(RDD)日本事務局も務め、立場を超えた連携による希少・難治性疾患領域での協働促進を目指している。

当事者の声や言葉を、
時に翻訳して伝える人が要る

—まず、NPO法人ASridを立ち上げられた背景と、現在特に力を入れて取り組まれている活動について教えてください。
私はもともと、理系出身で、無機・分析化学の研究を行っていました。大学院生として研究の現場にいる中で強く感じていたのは、どれほど価値のある研究成果であっても、社会とつながる仕組みがなければ、そのまま埋もれてしまうという現実です。研究と社会を結ぶ役割の必要性を、何度も実感してきました。自身が研究を行うこと以上に、「貴重な知的成果をもっと世の中に出したい」「必要とされているものを、必要とする人にきちんと届けたい」という思いが次第に強くなっていきました。

その後、縁あって東京大学先端科学技術研究センターの知的財産権大部門と言う学際領域にて研究者生活を始めました。所属していた研究室が学際的な分野だったこともあり、知的財産、IT、法務など多様なテーマのプロジェクトを扱う中で、2004年にNPO法人PRIP Tokyoを設立しました。ちょうど同じ時期に、文部科学省の技術移転や事業参与を推進する立場にも関わり、全国の大学で生まれた研究成果が、その後どう扱われていくのかを広く見る機会を得ました。これらの活動の中で、希少・難治性疾患領域の重要性に気づき、研究として同領域に着目したことが現在の活動につながっています。

その後、PRIP TokyoのIT分野と希少・難治性疾患分野のチーム全員が移管する形で、2014年にNPO法人ASridを設立しました。希少・難治性疾患に特化した「中間機関」としての立ち位置を明確にし、活動を再スタートさせたいと考えたからです。

私たちが最も大切にしているのは、患者さんやご家族の声を、そのまま感情的な訴えとして届けるのではなく、事実や情報として整理し、医療機関、企業、行政など、それぞれの立場に伝わる形に翻訳して提供することだと考えています。また、患者・家族だけでなく、すべての関係者にとっての黒子となることを目指しています。
—西村さんが、これほど情熱を持って取り組みを続けている理由は何でしょうか。
この領域に関わり始めた当時、私は患者さんやご家族、医療者のいずれにも属していない立場でした。社会科学領域の研究者として希少・難治性疾患に関わる人や組織を見ていく中で、課題があることには気づいているのに、立場の違いによって声が交わらず、全体として前に進みにくい状況が続いていると感じていました。

一方で、大学での研究者としての立場と社会活動を行う者としての立場を有することで、ダブルスタンダードにも悩んでいました。私はこの希少・難治性疾患という領域に「出会ってしまった」以上、大学の研究という枠組みだけで関わり続けることには限界があるとも感じ始めていました。

最終的に、「この課題に気づいているのは自分自身であり、誰かがやってくれるのを待つのは無責任だ」と考えるようになりました。そして、大学に籍を置いたまま活動に関わるのではなく、あえて社会活動一本に絞る決断をしました。

また、自分自身を患者さんやご家族、医療者のいずれにも属さない「中間の立場」と位置付けることで、全体を俯瞰しながら課題を見つめられると感じています。ASridとしても、どこか一方に寄り過ぎないからこそ、異なる立場同士をつなぐ役割が果たせるのではないかと考えています。
—活動を始めた当初から現在に至るまでで、印象に残っている経験はありますか。
大きな転機となったのは、2008年に「ICORD(International Collaboration on Rare Diseases and Orphan Drugs、国際希少・難治性疾患創薬会議)」に参加したことです。世界各国から、患者会、研究者、企業、行政など、さまざまな立場の人が集まり、一つの課題について活発に意見を交わしていました。立場の違う人たちが連携しながら前に進んでいる姿に、大きな衝撃を受けました。

一方で日本に目を向けると、限られた人や組織だけで課題を抱え込んでしまっている場面が多いと感じました。横のつながりが生まれることで、より良い知的成果が世の中に出てくる機会も増えるでしょうし、それによって良い薬や良い治療にもつながっていく。そのスキームを考えていく必要があると思っていたのです。

活動を続ける中で起きた出来事があります。希少・難治性疾患分野に関わり始めて間もない頃、家族が希少・難治性疾患の当事者になりました。結果として、私自身も患者家族側の立場を経験することになりましたが、それが活動の方向性を変えたわけではありません。むしろ、当事者ではない立場から見えていた課題や判断が、個人的な状況によって揺らがなかったことを確認できた出来事だったと受け止めています。また、そのことで活動の軸がぶれなかったという点は、今振り返ると自分の中での活動への自信や支えにもなっています。

患者は「かわいそうな存在」ではなく、
「知られていない存在」

—希少・難治性疾患を持つ方にとって、日常生活の中で直面しやすい困難には、どのようなものがありますか。
希少・難治性疾患当事者の方々は、世界全体でおよそ3億人いると言われています。そのうち、車椅子を利用するなど、外見から支援の必要性が分かりやすい方は一部に限られます。多くの患者さんは、症状が外からは見えにくく、周囲に気づかれにくい状態で生活しています。

また、患者さんやご家族が直面する課題は、人生の段階ごとに変わっていきます。例えば、就学時に希少・難治性疾患があることを先生に伝えても、教育現場における認知自体が進んでいないために、十分に理解されないケースがあります。

進学や就職においても、不利益を受けることを恐れ、自分が当事者であることをあえて伝えない選択をする方も少なくありません。社会のさまざまな場面で、まだ配慮が行き届いていない現状があります。

恋愛や結婚や出産といったライフイベントも、十分な支援が行き届いていないことが多いです。当事者とパートナーの双方が戸惑いや不安を抱えたまま、十分に言葉を交わせず、不安だけが大きくなってしまうパターンも多いはず。本来ならばこうした心理的な面も含め、一人ひとりに対してきめ細やかなサポートを将来的に設定すべきだと思います。しかし、まだまだそこに至っていないのが現状です。
—希少・難治性疾患分野における実際の現場で見えてきたことや、当事者の方の声で印象に残っている言葉やエピソードはありますか。
今まで私がお会いしてきた患者さんの中には、毎週山登りをする方もいれば、お酒が好きな方もいらっしゃいました。そうした方々にとってショックが大きい言葉の一つが、「かわいそう」という表現だと伺ったことが何度もあります。

病気の症状は大変であっても、その人自身が「かわいそうな存在」ではありません。多くの患者さんは、同情されたいのではなく、病気のことや、病気とともに生きる自分自身を知ってほしいと願っています。

希少・難治性疾患を持つ方々を単なるイメージで判断するのではなく、まずはその人に興味を持ち、病気のことを知っていただきたいと思っています。周囲に当事者の方がいたら、ぜひ話をしてみてください。
—希少・難治性疾患を患者さんだけの問題で終わらせないために、社会にはどんな関わり方が求められると感じていますか。
希少・難治性疾患は患者数が少ないという意味で「希少」ですが、それが特別視につながり、患者さんだけの問題として切り離されてしまうことには課題があると感じています。その背景にあるのは、偏見というよりも、単純に「知る機会が少ない」ことだと思います。当事者と接する機会がほとんどないため、想像する材料が少ないのです。

だからこそ、まずは知ってもらうための情報提供や接点を作ることが大切です。多くの人々が希少・難治性疾患というものや症状について知ることで、当事者の方々を取り巻く環境も変わっていくはずです。

一人でも多くの人に希少・難治性疾患
を知ってもらうために。
2月28日はRare Disease Day(RDD)

—RDDとRDD JAPANの活動について、詳しく教えていただけますか。
先ほどICORDという国際会議に参加したと話しましたが、そのときにあちこちで「RDD」という単語が飛び交っていました。参加していた方に何のことかと尋ねると、RDDは希少・難治性疾患の治療環境の改善や、患者さんの生活の質の向上を目指す取り組みで、同じ年の2月にヨーロッパで始まった活動だと教えてくれました。

RDDの趣旨に賛同した私たちは、この活動を日本でも行いたいと考えました。ただ、当時は患者さんやご家族とのつながりが十分ではありませんでした。そこでまず、患者さんやご家族の方々や患者会との面会を重ねていきました。並行して、「Rare Disease Day」を日本語でどう表現すれば伝わるのかを考え、「世界希少・難治性疾患の日」という名称にたどり着きました。そうして1年半の準備期間を経たのち、2010年より2月の最終日にイベントを開催しています。

RDD JAPANは、患者さんの声を社会に広める新たなマーケットを作ること、日本全国で開催するということに重点を置いています。

また、RDDの特徴として、患者さんやご家族はもちろん一般の方々も参加できることも挙げられます。私自身はそうした社会の縮図にも興味が湧いたのだと思います。同時に、この活動を始めたからには続けていかなくてはいけないという使命感も持っています。私たちは、主催者・後援組織・協賛企業・参加者をまとめてRDDコミュニティと定義していますが、RDD公認開催主催者、そしてこのRDDコミュニティを作り上げて下さっている皆様がとにかく多様なので、それが一番の大きな財産ですね。
—こうした活動を続ける中で、社会の受け止め方に変化は感じていますか。

希少・難治性疾患分野での仕事やRDDの活動を続けて十数年になりますが、医療や技術の進歩によって、希少・難治性疾患にも新たな治療の可能性が広がってきたというのは、一つの大きな波であると思います。

また、メディアを通じて「希少・難治性疾患」という言葉が知られるようになり、一般の方が耳にする機会も増えてきました。

情報が届けば、人々は考えます。「無知」という状態は、情報がないことによってわからないだけであり、あらゆる立場の方々に丁寧に届けていくことが、中間の立場にいる私たちの使命であると考えています。

前回はCo-Creation(共創)がテーマでしたが、2026年に開催される17回目のRDDでは、「ともに、すごす。ともに、つくる。ときに、わらう。」をテーマに掲げています。一人でも多くの方にご参加いただけるようであればうれしいです。

話す人がふえるほど、
その声は別の誰かに届いていく

—希少・難治性疾患分野の課題と向き合う中で、製薬会社に期待する姿勢や求める取り組みがあればお聞かせください。
まず何よりも、薬を作り続け、安定供給していただきたいというのが願いです。薬ができることで患者さんやご家族の人生が変わり、選択肢が増えることで見える景色も変わってきます。薬は医療者に向けて作っているものではなく、服用する方に向けて作られるべきものだと私は考えているので、今までにないアプローチの新しい薬の開発も大いに期待しています。
—多様な立場の声を社会につなぐうえで、ASridが大切にしていることは何でしょうか。
繰り返しになりますが、私たちが常に心がけているのは、感情として語られる声と数字や事実として示せる声の両方を、バランスよくエビデンスとして世の中に送り出し、公知化していくことです。希少・難治性疾患の症状を多くの人々が知る機会を増やしていくことは、治療法におけるひとつの突破口にもつながっていくのではないかと思っています。

社会全体に対してお伝えしたいのは、病気そのものにだけ注目するのではなく、患者さん本人にも関心を寄せ、コミュニケーションを取っていただきたいということです。私が希少・難治性疾患という領域にずっと携わっているのも、当事者の方の病気以前に「人」に惹かれているというのが最もシンプルな理由です。そういった皆さんとの出会いが全ての原動力になっています。
—最後に、希少・難治性疾患に関わる方々や読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
この5年から10年で、希少・難治性疾患を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。研究や医療の進展だけでなく、社会とのつながり方そのものが問い直されている時期だと感じています。その変化は、信頼し合える関係性として表れることもあれば、希少・難治性疾患領域に資する薬剤ということもあるでしょう。

希少・難治性疾患は、特別な人だけの問題ではありません。普通に生活していても、誰もが当事者になる可能性があります。だからこそ、まずは知り、想像してみることが大切です。読者の皆さんには、自分や大切な人の身に起こるかもしれないと考えてみていただきたいです。そうすれば希少・難治性疾患は遠い話ではなくなります。

さらに、誰かが希少・難治性疾患について語ることで、その言葉のひとつが別の誰かに届き、当事者の方の力になれることがあるかもしれません。ゆえに、話し手が多様であればあるほど届く範囲は広がっていくはずです。感じたことを言葉にして語る人が増えれば、その声は別の誰かに届いていきます。そうした積み重ねが、理解の広がりを生み、当事者を取り巻く社会のあり方を少しずつ変えていくはずです。

わたしたちの活動

患者さん、ご家族、医療関係者をはじめ、
みなさまに有用な情報を提供しています。