孤独を知っているから、
つなげられる声がある。 血友病当事者・阪口直嗣さんが
つくる同世代の居場所

「RARE VOiCE RELAY」は、希少・難治性疾患と向き合う人々の声を社会につなぎ、よりよい支援のあり方を共に考えるRARE LiNK PROJECT の活動の一つです。患者数が少なく、専門医や治療法が限られ、その悩みや課題が社会全体に共有されにくい希少・難治性疾患。その患者や家族、医療関係者などの声を丁寧にすくい上げ、立場を越えて社会につなぐことで、より多くの人が様々な視点から希少・難治性疾患への理解を深め、身近な課題として捉えるきっかけを届けていきます。

今回のゲストは、看護師として医療に携わりながら、血友病の当事者として、血友病患者支援団体「Youth Hemophilia Club(以下、YHC)」代表や「大阪ヘモフィリア友の会」理事を務める阪口直嗣さん。孤独を感じていた10代を経て、声を受け止め、つなぎ、届ける現在の立場に至るまでのお話をうかがいました。

阪口 直嗣さかぐち なおつぐさん
血友病患者支援団体
Youth Hemophilia Club(YHC) 代表
大阪ヘモフィリア友の会 理事

生後6か月で血友病と診断される。現在は看護師として医療現場で働く傍ら、YHC代表として患者会活動に取り組む。18歳で世界血友病連盟(WFH)の世界会議に参加した経験を機に看護師を志した。「孤独感からの解放」を理念に、地域間の情報格差をなくし、当事者や家族を支援する活動を続けている。

「血が止まらないかも
しれない」
という
不安が隣にある毎日

—幼い頃から、阪口さんは血友病とともに歩んでこられました。診断当時の状況と、その後の心境についてお聞かせください。
生後半年のとき、頭をぶつけたことをきっかけに受診し、脳出血が判明しました。当初の検査では異常は見つかりませんでしたが、出血量に違和感があったため再検査を行い、血友病と診断されました。

自分の病気について親から知らされたのは、小学生になってからです。当時は病気そのものを深刻に受け止めていたわけではなく、「注射を続けなければならないのか」程度にしか感じていなかったと思います。

—当事者として、日常生活の中で特に大変だと感じていることや、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
血友病は、血が止まりにくい疾患です。そのため、日常生活では常にけがへの不安がつきまといます。特に幼少期は、屋内外を問わずあらゆる「角」に注意が必要でした。自宅では家具の角にクッション材を付け、転倒防止のために床を滑りにくくするなど、家族が細やかな対策をしてくれていました。

少しぶつけただけでもアザができ、転倒して頭を打てば命に関わる可能性もあります。家族が慎重になるのは当然ですが、常に緊張感の中で生活することは、少なからずストレスでもありました。

そうした日常を支えるのが治療です。現在は3日に1回、自分で注射を打っていますが、10代のころは2日に1回必要な時期もありました。中学校の修学旅行を機に自己注射を始めましたが、慣れることはあっても、苦手意識が消えることはありませんでした。

注射は、私たち患者にとっては欠かせないものですけど、抵抗を感じない人はいないと思います。
—血友病について周囲に伝えてきた中で、どのような反応や経験がありましたか。
血友病の当事者の中には、病気を打ち明けずに生活している人も多いと聞きますが、私はどちらかというと、自分から話すタイプでした。

ただ、見た目では分かりにくい病気だからこそ、周囲の反応もさまざまでした。担任の先生が「この子はこういう病気だから気をつけてあげてね」と説明したことがきっかけで、珍しい病気という理由だけで距離を置かれたり、いじめにつながったりしたこともありました。

一方で、「それってどんな病気?」と純粋に関心を持ってくれる友人もいました。そうやって理解しようとしてくれた人とは、今でも大切な友人としての関係が続いています。

血友病は遺伝性の疾患ですが、感染するものではありませんし、必要以上に隠さなければならない病気でもないと私は思っています。もちろん、無理に話す必要はありません。でも、自分を大切に思ってくれる人、自分も大切にしたいと思える人には、少しずつ伝えていけたらいい。そのタイミングを、自分自身で決めることが大切だと思います。

病気は、向き合い方次第で
「自分だけの武器」になる

—これまで疾患を理由に、自分のやりたいことを諦めなければならなかったことはありますか。
病気があるからといって、やりたいことをすべて諦めなければならないかというと、決してそうではありません。ただ、簡単ではなかったのも事実です。

私はもともとサッカーがやりたかったのですが、運動量が多く、接触の激しいスポーツは出血のリスクが高いという理由で、両親に反対されていました。では野球ならどうかと相談しても、やはり同じ理由で難しいと言われました。

それでも中学生になった頃、もう一度「本気で野球がやりたい」と父に伝えました。すると父は、私が小学生のころから何度も口にしていた思いを覚えていてくれて、「そこまで言うならやってみよう」と背中を押してくれたのです。

父からかけられた言葉で、今でも心に残っているものがあります。

「病気はひとつの個性だ。マイナスと捉えるか、プラスと捉えるかは自分次第だよ。もし自分の力でプラスに変えられたら、それは自分だけの武器になる。当事者だからこそ、いろんな角度から人と関われる。そこから可能性が広がるかもしれない」

この言葉に、私は救われました。病気を乗り越えるものではなく、向き合い方次第で力に変えられるものと考えられるようになったのです。あのときの父の言葉は、今も私の人生の支えであり、活動の原点にもなっています。
—現在は看護師として活躍されていますが、この職業を志した背景には、どのような出来事があったのでしょうか。
祖母からはよく、「あなたは気遣いができる子ね。病気と向き合っているからこそ、人の痛みやつらさに寄り添えるんじゃないかしら」と言われていました。

その言葉が心に残っていたからこそ、将来は医療関係の仕事に進もうと思いました。 病気を治す医師になるべきか、それとも患者さんと向き合い、支える看護師になるべきか。自分にできる役割は何だろうと、真剣に考えた時期がありました。

そんな時に思い出したのが、 小学5年生のときに経験した虫垂炎の手術です。

初めての手術への恐怖に加え、血友病があることで不安はさらに大きくなっていました。手術前夜、緊張で眠れずにいると、担当の看護師さんが「そばにいるから安心してね」と声をかけ、しばらく手を握っていてくれたのです。そのぬくもりに、「自分は一人じゃない」と心から思えました。病気を抱える不安を知っているからこそ、患者さんの気持ちに寄り添える看護師でありたいと考えるようになったのです。

そしてもう一つ、人生の方向を決定づけた出来事があります。高校3年生のとき、受験が思うようにいかず悶々としていた時期に、患者会の方から、イギリスで開催される世界血友病連盟(World Federation of Hemophilia 以下、WFH)の世界会議への参加を勧めていただきました。

会場には世界各国から血友病の当事者が集まり、誰もがポジティブに自分の病気について語る姿にとても刺激を受けたのを覚えています。血友病というのは、言語やあらゆる壁を超えて人とつながることができる病気でもあると感じました。

また、日本と海外とでは血友病を取り巻く環境や支援の在り方が大きく異なります。当事者である自分が看護師になることで、医療と生活の間をつなぐ新たな役割を担えるのではないか。そう考え、看護師を目指す決意をあらためて固めました。現在は精神科で勤務しています。私自身、高校生ぐらいまでは非常にシャイで引っ込み思案な性格でした。WFH世界会議への参加は、看護師を志す決断だけでなく、自分自身の在り方を変えた大きな転機だったと思います。

YHCは、
みんなが
孤独感から解放される場所

—阪口さんが代表を務める、YHCの活動内容について教えてください。
YHCは、20代から40代の血友病の当事者や保因者向けに支援活動を行っている支援団体です。「孤独感からの解放(Freedom from Loneliness)」を理念に掲げ、地域によって情報格差が生まれないようにし、47都道府県どこにでもちゃんとつながれるような状況を作りたいと考えています。

現在は、誰でも利用可能なLINEの公式アカウントのオンラインコミュニティを通じて相談の場を提供するとともに、「ヘモフィリア友の会全国ネットワーク」(※1)という組織団体が開催する「全国ヘモフィリアフォーラム」のセミナーや若者分科会にも参加しています。

※1 一般社団法人 ヘモフィリア友の会全国ネットワーク
血友病や関連疾患の患者さんと関係者をつなぐ、各地域の患者会を横断するゆるやかな連絡体

—YHCの代表を引き継ぐことになった経緯と、この活動に込める思いをお聞かせください。
きっかけは、とある患者会のイベントに参加したときの出来事でした。以前からYHCの活動について「こうしたらもっと良くなるのでは」と考えていたのですが、ちょうど前代表が退くタイミングと重なり、ヘモフィリア友の会全国ネットワークの方から「そこまで考えているなら、君がやってみたら?」と声をかけていただいたのです。その一言に、背中を押されました。

私が発信したいと思っていたのは、「病気があっても、やりたいことを諦めなくていい」というメッセージです。そして、その選択肢や可能性を示す存在が必要だと感じていました。幸いにも、同じ思いや使命感を持つ仲間に出会うことができ、2023年にYHCの活動をスタートしました。

YHCが目指しているのは、コンビニのように日常に溶け込んだ、身近な存在です。困ったときに、ふと思い出してもらえる場所。オンラインだからこそ、時間や距離に関係なく、誰でもアクセスできる、そんな存在であり続けたいと思っています。
—活動を通じて、当事者の方やご家族からは、どんな悩みや声が寄せられていますか?
相談内容で多いのは、運動や学校生活に関する悩みです。たとえば、小学生のお子さんを持つ保護者の方から、「スポーツがしたいけれど、どうやって選ぶべきか」「自己注射の問題をどう考えれば良いか教えてほしい」といった相談を受けることがあります。そうしたときには、自分自身の経験を共有しながら、その子にとってどのような選択肢や可能性があるのかを一緒に考えるようにしています。

また、最近では「どの患者会に参加したら良いかわからない」といった声もあり、該当する地域の患者会情報や、血友病に関する資料を共有したこともあります。

同じ悩みを持つ人が身近にいないことから、保因者や女性血友病患者(※2)さん、医療従事者の方からのご相談もお受けしています。YHCとしては、症例をお聞きしたうえでの見解に加え、必要に応じて医師の情報などもお伝えしています。

こうした相談に向き合う中で、改めて感じるのは「同じ立場で話せる相手の存在」の大きさです。

YHCが20代から40代を主な対象にしているのは、当事者ネットワーク全体の年齢層が比較的高く、若い世代同士のつながりが少なかったという背景があります。同世代という共通項があるだけで、距離が離れていても一気に近くなる。日本のどこにいても、つながれる場所がある。その事実そのものが、かつての私にとってそうだったように、今の当事者にとっての希望になると思っています。

※2 女性血友病患者の割合:2024年度の血液凝固異常症全国調査においては約2.5%
(参考:厚生労働省委託事業 令和6年度(2024年度)血液凝固異常症全国調査報告書 公益財団法人エイズ予防財団発行)

—同世代の血友病当事者との出会いによって感じたことがあれば、エピソードとあわせてお伺いしたいです。
私が住んでいた大阪エリアでは、 中高生の頃まで同世代の当事者がほとんどおらず、「同じ立場の人と話してみたい」という思いをずっと抱えていました。

そして19歳のとき、九州に住む同い年の当事者と出会うことができたんです。そのときの感動は、今でもはっきり覚えています。「やっと会えた」という気持ちでした。

血友病にはいくつか種類があり、私は血友病Aですが、血友病Bとは症状も治療の内容も異なります。さらに、同じ病型でも重症度は人それぞれです。

だからこそ、「私はこう感じているけれど、あなたはどう?」と率直に語り合える時間は、本当に貴重でした。病気の説明をしなくても前提が共有されている。その安心感は、何にも代えがたいものでした。そのとき初めて、居場所と呼べるものを見つけられた気がしたんです。

同情ではなく理解を。
そうすれば誰も
一人にならない。

—これまでの経験を踏まえ、今、阪口さんが大切にしている思いや、活動の原動力について教えてください。
血友病という病気は、本当にいろんなことを教えてくれました。家族や友人の在り方、治療の大切さ、仲間の見つけ方やつながり方など……。決して望んだものではありませんが、病気と向き合う中で得た学びは、今の自分の土台になっています。

活動の原動力になっているのは、患者さんが少しずつ前向きな表情を見せてくれたときです。その変化に立ち会えることが、何よりの支えになっています。
—そうした思いは、YHCの理念にもつながっているのでしょうか。
YHCとして何より大切にしているのは、「孤独感からの解放」という理念です。孤独を抱えている人がいるなら、自分からその人とつながりに行く。その姿勢を、これからも変えずに持ち続けたいと考えています。

私自身、言葉には人を支える力があると信じていますし、これまで多くの言葉に影響を受けてきました。だからこそ、対話を重ねながら、その人にとって意味のある言葉を一つでも見つけていきたい。YHCは、そのための居場所であり続けたいと思っています。

最終的な目標は、病気そのものが完全に治せる社会が実現したとき。その日が訪れることを心から願っています。
—これからの社会に向けて、阪口さんが伝えたいことはありますか。
まずは、血友病という病気があることを知っていただきたいです。遺伝性の疾患だから、「自分には関係ない」と線を引いてしまわないでほしいと思っています。

かといって、特別扱いをしてほしいわけでも、同情してほしいわけでもありません。

見た目では分からない病気だからこそ、「どんな病気なのか」と率直に聞いてもらえると話しやすい。私を含め、当事者の多くは、病気と向き合う中で、人への配慮や想像力の大切さを学んできました。だからこそ、構えすぎず、もっと自然に声をかけてもらえたらうれしいです。

そして、病気だけでなく、その人自身にも関心を向けてほしいと思います。どんな人生を歩み、どのような環境で育ち、今に至っているのか。一つひとつ深掘りしてもらえたらと思います。

病気について少し理解があり、必要な場面で気をつけていただければ、私たちも多くの場面で皆さんと同じように生活することができます。病気を理由に距離を置くのではなく、同じように遊び、同じように挑戦し、楽しみの輪に誘ってもらえることを願っています。
—同じ血友病をもつ方やご家族へのメッセージをお願いします。
近年、血友病の治療は選択肢が広がりつつあります。こうなりたいと思う姿を明確に持っていれば、それが叶う可能性も高まっています。

どうか諦めずに、自分の理想や思い描いている夢を、誰かに話してほしい。また、その声を聞かせてほしいと思います。医師はもちろん、私自身も医療従事者の一人ですし、YHCも相談先や情報収集の場として、気軽に頼ってもらいたいです。

血友病に限らず、希少疾患と向き合う方々に共通して言えるのは、「一人で抱え込まなくていい」ということだと思います。身近に同じ病気の人がいなくても、世界には同じ経験をしている仲間がいます。

誰かとつながること、気持ちを分かち合える相手がいること。それだけで、前に進める力になることがあります。

私たちYHCは、これからもそうしたつながりを生み出し、誰も取り残さない居場所を守り続けていきたい。そして、私自身も誰かの小さな希望であり続けられたらと願っています。

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